2008年02月01日
レトロなチラシ
こんにちは。
先日、モールのある商店主の方から、おもしろい資料をお貸しいただいたので
少し紹介させていただきます。
その資料というのは、昔の広告や映画館のパンフレットなどなど。
以下はかつてのオデオン座のパンフの一部です。
左の写真では、当時のオデオン座の座席配置でしょうか。
2階席まであるみたいですねぇ、おっきい劇場だったんだろうなぁ。
紙が薄くて、裏面が透けて見えているところもまたオツではありませんか!?(わかりませんが”笑”)。
次は横濱國際劇場のチラシ。
どうですか、ヨコハマの「濱」の字や、コクサイの「國」の字なんかが、
やっぱりかっこいいなぁと思います。
それによく見ると、別の劇場の名前が書いてあったり。
また、広告も喫茶店や食堂といった飲食関連で、かつてのイセブラを思い起こさせるのでは!?
当時のにぎわいが目に浮かぶようです。
先日、モールのある商店主の方から、おもしろい資料をお貸しいただいたので
少し紹介させていただきます。
その資料というのは、昔の広告や映画館のパンフレットなどなど。
以下はかつてのオデオン座のパンフの一部です。
左の写真では、当時のオデオン座の座席配置でしょうか。
2階席まであるみたいですねぇ、おっきい劇場だったんだろうなぁ。
紙が薄くて、裏面が透けて見えているところもまたオツではありませんか!?(わかりませんが”笑”)。
次は横濱國際劇場のチラシ。
どうですか、ヨコハマの「濱」の字や、コクサイの「國」の字なんかが、
やっぱりかっこいいなぁと思います。
それによく見ると、別の劇場の名前が書いてあったり。
また、広告も喫茶店や食堂といった飲食関連で、かつてのイセブラを思い起こさせるのでは!?
当時のにぎわいが目に浮かぶようです。
2007年12月29日
伊勢佐木町と映画館
こんばんは!
私たちザキ座が活動するここ、横浜・伊勢佐木町界隈は、かつてたくさんの映画館が
あったことで有名なのですが、現在ではその数もかなり少なくなってしまっています。
全盛期には大小さまざまなシネマが何十館も存在していたといいいますが、現在では
片手で数えるほどになっているといいます。
でも歴史について少し調べてみたところ、
「伊勢佐木町といえば映画と食事」
なんていう述懐でいっぱい。
とある資料では、「さよなら さよなら… さよなら」という挨拶でおなじみだった、
映画評論家・淀川長治氏が、神戸に住んでいたとき、東京にいる友人と映画について
紹介し合うと、相手は自慢気に横浜オデオン座のパンフレットを取り出してきた、という
エピソードを紹介していました。
当時、映画を観るなら伊勢佐木町、だったことが窺えます。
やっぱり伊勢佐木町と映画(&食)とは切っても切り離せないような、そういう
強い文化的“絆”があるんだと思います。
きっと今後、伊勢佐木町の歴史について、もっと深く知っていけばいくほど、
そういうものをより強く感じていくでしょう。
そんなわけで、その映画というイセザキの文化を見つめ直し、もう一度昔のような、
映画観賞ついでに食べ物や雑貨・お土産などのお店を探して街をぶらぶらする、
「イセブラ」が再来すればいいのになぁ、と思うわけです。
とはいえ、シネコンブームでそれにお客をとられて、地域シアターはなくなっていくと
思いがちな中、映画業界全体の不況というものもあり、当のシネコンですら経営は
安泰ではないのだといいます。
そのことを考えると、地域シアターの再生を図るなんてお先真っ暗なお話のように
思えるかもしれません…。
しかし、どんなことにでも可能性はあると思います(思うようにしてます)。
おそらく実際は国内だけでも、シネコンで上映されている何百倍もの数の映画が
誕生していて、その中にすごくおもしろいものが埋もれているかもしれない。
そういったものを観られる空間に対するニーズは、意外とあるのかもしれない。
型にはまらない、新しい映画鑑賞のスタイルが生まれるかもしれない。
などなど。
そんないろんな「…かもしれない」が、頭の中をふわふわと漂っているような
状況なのですが、せっかく「ザキ座」という拠点が出来たのだから、何とか
そういったことも形にしていけたらいいなー、
っと思った2007年末のとある深夜でした。
今後、伊勢佐木町の歴史を探究しながら、その成果として映画(館)にまつわる話などを
紹介していきたいと思いますので、また一つ、来年もよろしくお願い致します。
written by まるこ
ザキ座外観
私たちザキ座が活動するここ、横浜・伊勢佐木町界隈は、かつてたくさんの映画館が
あったことで有名なのですが、現在ではその数もかなり少なくなってしまっています。
全盛期には大小さまざまなシネマが何十館も存在していたといいいますが、現在では
片手で数えるほどになっているといいます。
でも歴史について少し調べてみたところ、
「伊勢佐木町といえば映画と食事」
なんていう述懐でいっぱい。
とある資料では、「さよなら さよなら… さよなら」という挨拶でおなじみだった、
映画評論家・淀川長治氏が、神戸に住んでいたとき、東京にいる友人と映画について
紹介し合うと、相手は自慢気に横浜オデオン座のパンフレットを取り出してきた、という
エピソードを紹介していました。
当時、映画を観るなら伊勢佐木町、だったことが窺えます。
やっぱり伊勢佐木町と映画(&食)とは切っても切り離せないような、そういう
強い文化的“絆”があるんだと思います。
きっと今後、伊勢佐木町の歴史について、もっと深く知っていけばいくほど、
そういうものをより強く感じていくでしょう。
そんなわけで、その映画というイセザキの文化を見つめ直し、もう一度昔のような、
映画観賞ついでに食べ物や雑貨・お土産などのお店を探して街をぶらぶらする、
「イセブラ」が再来すればいいのになぁ、と思うわけです。
とはいえ、シネコンブームでそれにお客をとられて、地域シアターはなくなっていくと
思いがちな中、映画業界全体の不況というものもあり、当のシネコンですら経営は
安泰ではないのだといいます。
そのことを考えると、地域シアターの再生を図るなんてお先真っ暗なお話のように
思えるかもしれません…。
しかし、どんなことにでも可能性はあると思います(思うようにしてます)。
おそらく実際は国内だけでも、シネコンで上映されている何百倍もの数の映画が
誕生していて、その中にすごくおもしろいものが埋もれているかもしれない。
そういったものを観られる空間に対するニーズは、意外とあるのかもしれない。
型にはまらない、新しい映画鑑賞のスタイルが生まれるかもしれない。
などなど。
そんないろんな「…かもしれない」が、頭の中をふわふわと漂っているような
状況なのですが、せっかく「ザキ座」という拠点が出来たのだから、何とか
そういったことも形にしていけたらいいなー、
っと思った2007年末のとある深夜でした。
今後、伊勢佐木町の歴史を探究しながら、その成果として映画(館)にまつわる話などを
紹介していきたいと思いますので、また一つ、来年もよろしくお願い致します。
written by まるこ
ザキ座外観